新装増補版 はしがき   

序 「二つの敗戦」に直面して

一  「第一の敗戦」でつかんだこと

二十歳の敗戦と「無抵抗な武装解除」/庶民は手をふるだけだった 谷川雁と吉本/ 「大衆の原像」を据える/小林秀雄から学んだ教訓/「科学の進歩」を止めない

二 なぜ「反・脱原発」を批判したのか   

青春時代の不気味な予言  
「原子核」と「生活の簡便化」と「復讐」/「人間的なあまりに人間的な問題」     
三・一一後の発言
福島第一原発事故を受けて
「反核」批判とチェルノブイリ原発事故をめぐって  
八〇年代反核運動の盛り上がり/「反核」運動に噛みつく/
「原発促進派ではないが、反原発に反対」/「反核」と「反原発」
反核・反原発批判の背景  
ソフト・スターリニズム批判/「普遍的な正義の場所」/敗戦の総括から/ 「科学戦に敗北した力不足」/「科学の進歩」と「原発稼働」の間
原発稼働をめぐる問題点
原発容認論の要約/その問題点

三 軋みと危機   

「大衆の原像」というOS  
「あまりに乱暴な素人の論理」/「谷中銀座」の吉本隆明/大衆と知識人/それぞれの課題/OSとしての「大衆の原像」と「自立」思想
「大衆の原像」の危機  
「揚げ底化」と崩壊/横滑りさせた「大衆の原像」
産業の高次化の先にみたこと  
『ハイ・イメージ論』を超える事態の出現/生産と消費をとらえそこなう/消費するだけでお金を殖やす方法/遅延は価値を生むか/「産業の高次化」を生むはずの「遅延」の解消
アジア的・アフリカ的段階の設定  
「アジア的」ということ/「アフリカ的段階」で狙ったこと/マルクス史観の批判
「史観の拡張」は実を結んだか  
近代ヒューマニズムを壊したかった/「東洋の美風」と「産業の高次化」の分裂
「贈与価値論」の近代的性格  
等価交換と贈与交換/「機能主義」でみられた食と農/富者が貧者に与える寄付と変わらない/西欧知的贈与論の陥穽
贈与と遅延をめぐる格闘
誕生へ遡る贈与論の問題点/欲望の肯定か否定か/帰り道を見失って

四 「第二の敗戦」で問われていること

晩年漏らした意外な慨嘆  
「第二の敗戦期」ととらえる視線/「恥ずかしそうな小さな声で」
引き裂かれと異和  
「科学」と「富や商売」/大きな引き裂かれ/「科学」も「経済」も部分でしかない/ 経済の達成と「死」のにおい/「理想像」につきまとう「浮かない感じ」/捨象してしまったこと/「食える」で消えること・消えないこと/産業の速度と心の病い/「欲望か反欲望か」を超えて/「大衆=欲望」とみる視点
科学技術と「現代の超克」  
「近代の敗北」/「自然を拷問して口を割らせる」
ハイデガーと吉本の技術論  
「役立つものの仕立屋」/技術の主人と奴隷/原子力と人間の「無能」
「第二の敗戦」は「近代の敗北」  
「上に抜けること」と「下に抜けること」/「現代の超克」と資本制/福島第一原発事故は「近代の敗北」

五  「存在の倫理」から「贈与存在の倫理」へ   

「存在の倫理」と贈与
再設定としての「生の原型」/九・一一と「存在の倫理」/「存在の倫理」と信仰・信念/贈与としての存在/贈与の二重性/原子核と「存在の倫理」/贈与から立ちのぼる「心的価値」
第三の「宿命」  
「宿命」への驚き/近代の超克と心的価値交換
営為と労に報いる道  
「変わってもらっては困る」という言説/心的価値交換・ネットワーク・「近代の超克」

[補]谷川雁と吉本隆明 

補]吉本隆明と小林秀雄  

新装増補版 あとがき 

[資料]吉本隆明の言葉と略年譜